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「日本人の勝算」から考える、日本経済の今後の課題とは?

デービッド・アトキンソン著「日本人の勝算」

 著者デービッド・アトキンソン氏とは

 1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学で「日本学」を専攻。現小西美術品工藝社の社長。日本に30年近く住んでいて、ゴールドマン・サックス社などにいた経歴から、要は日本の内情を知りつくしている(本書もすべて日本語で書かれている。)経済のプロといったところだろうか。

 

人口減少×高齢化×資本主義

 本書「日本人の勝算」では、日本経済が現在パラダイムシフト(思考の枠組みの転換期)を迎えていて、今のままの状態を続けると、この先悪化することはあっても、決して上向くことはないという警鐘を鳴らしている。

 これから先、日本は人口の減少によって、社会負担(年金など)が増える一方、人口一人当たりのGDPが減少していくのは、経済に詳しくない人でもわかると思う。それに加え、これからの日本経済は、デフレ圧力によってさらに圧迫されていく。

 

デフレリスクの要因

 人口の減少、少子高齢化でモノが売れなくなる。高齢化で、モノの消費より、生産性の低い、介護職などのサービスの需要が増える。需要は減るのに、供給は減らないため、経営者はモノの価格を下げて、他の企業との差別化を図ろうとする。価格下落のしわ寄せは、労働者にくる。労働者の賃金を下げることで、企業は利益をあげ、内部留保に走る。最低賃金の引き上げがなされず、安い外国人労働者を増やすことにより、労働分配率が低下し、さらにデフレは加速する。デフレ圧力

 量的緩和政策が効かなくなる?!

2015年までのデフレは「金融政策の失敗」と位置付けられるが、今後は違う。というのも、最近の経済学によると、人口の増減とインフレ率は相関関係があり、人口の減少にたいしては量的緩和政策の効果が効かなくなってしまうため。

 量的緩和の効果

量的緩和の効果は、「通貨量×通貨の取引流通速度=物価×総生産」という式で表される。

  この式で1000人が年に5回、1個のモノを買うと仮定する。供給量は1000×5で5000となるので、通貨量を1人あたり1とすると、価格は1となる。

 しかし1000人が500人に減ってしまうと、企業の売りたい供給量は変わらず5000なのに、潜在需要は2500となってしまい、この式が成り立たなくなる。

この場合、買う回数が1人につき10回まで上がらない限り、式の均衡は保てない。したがって、通貨を増やしても(量的緩和政策を講じても)、商品の価格は上がらない

 

もっと分かりやすい量的緩和政策の効果が薄れる仕組み

量的緩和とは、日本銀行が銀行から債権を買い、銀行にお金を供給する政策。預金のあふれた銀行は、その分消費者に貸す能力が上がる。これにより、お金が市場に流通するという仕組み。

 しかし人口が減少し、高齢化が加速すると、住宅取得資金など借入の需要も減ってしまう。よって通貨を増やしても消費は増えず、量的緩和の効果が薄れてしまう。

 

「高付加価値・高所得」資本主義への転換

経済成長を「人口増加要因」「生産性向上要因」にわけて考えると、これまでの世界の成長率2.74%のうち、「人口増加要因」は1.32%、「生産性向上要因」が1.42%だった。今後の50年は、「人口増加要因」が0.3%まで低下すると言われているため、従来の「生産性向上要因」を維持したとしても、世界の経済成長率は、2.1%まで低下する。よって今後は、「生産性向上要因」の重要性がよりウエイトを占める

 アメリカの成長率の2.38%はEUの成長率(1.64%)を上回っている。これは生産性でアメリカがEUよりたった0.02%上回っているだけなのに対し、人口増加率で0.72%分もEUを上回っていたためである。よってアメリカの成長率は、よく言われる企業文化や社会風土などによる理由より、「人口増加要因」に大きく起因していることが分かる。

また人口増加の著しいアメリカ経済モデルを、人口減少が加速していく日本経済の参考にするには無理がある。 

人口増加要因(%)

生産性向上要因(%)

経済成長率(%)

世界

1.32

1.42

2.74

アメリ

0.98

1.40

2.38

EU

0.26

1.38

1.64

日本

0.11

0.77

0.88

 

日本の若者が負担することになるもの

現在の日本のGDPは世界第三位だが、それも現在の日本の人口が他の国より多いためである。しかしこれからは人口が激減するため、GDPも減少する。

日本には、高齢者の増加による年金や医療費など社会保障費の増額で、64歳以下の収入に対する社会保障の負担率は、2060年には64.1%にまで膨らむ。

またGDPの高さに対する国の借金の比率の高さは、日本はすでに世界一。

このままでは国の財政が破綻し、年金も医療費も負担できなくなってしまう。

 

Low road capitalismからHigh road capitalism へ

日本の現状は「低生産性・低所得(Low road capitalism)」、つまり「いいものをより安く」がモットーだが、そこから「高生産性・高所得(High road capitalism)」「よりいいものをより高く」売る社会へと変革する必要性がある。

 そうすると、商品は「価格の競争」ではなく、「価値の競争」で需要が決まるようになる。労働者が生涯にわたり学習を続け、高スキルを身に着けることで、労働者と管理者の壁が薄くなり、結果的に労働者の賃金が底上げされる。

 世界第4位という日本人労働者の質の高さ、特許の数の多さに対し、国の生産性は低すぎる。労働者の質に見合った生産性を確保するためにも、国民の財政負担を減らすためにも、Low roadからHigh roadへの移行は必須

 

 具体的な経済政策について

 輸出を増加させるべし

⇒輸出を増加することにより、生産力も上がる

日本は輸出の規模がまだまだ小さい。輸出によって国内の供給過多に歯止めをかけるべき。

 ⇒すでにインバンドは成功している。

さらに富裕層を取り込むために、5つ星ホテルの数などを増やすべき。

 

大企業を増やすべし

 ⇒日本には中小企業が多すぎる

生産性は企業規模にともない増加し、給与水準も企業規模に比例して高くなる。人口減少によって、給与水準の高い大企業に労働者が集中するため、中小企業は人手不足となる。生産性を高め、給与水準を上げないと、中小企業は存続が危うくなる。

 ⇒女性活躍により、生産性をあげる

外で働く女性の数が増えれば、GDPも大きくなる。他の先進国に倣い、女性の給与水準を男性と同じに引き上げるべき。また大企業のほうが、女性がフレキシブルな働き方をしやすくなる。

 ⇒研究開発費も、大企業のほうが多い

社員の数が10%増えると、研究開発費は7.5%増える。日本の研究開発費は、一人当たりの生産性が低いため、相対的に高く見えるが実際は低い。

 ⇒企業の統廃合を促せ

政府は中小企業の存続を促すのではなく、企業を統合させることにより、企業価値を高め、生産性を高める政策を推奨すべき。

 

最低賃金を引き上げよ

 ⇒イギリスモデル

イギリスは、1999年に最低賃金制度を導入し、それ以来、経済生産性は右肩上がりである。

失業への影響はなく、生産性も向上し、生産性の高い企業はより雇用を増やした。また最低賃金を導入することで格差も是正されている。

 ⇒最低賃金を上げるべき6つの理由

  1. もっとも生産性の低い企業が生産性を高める工夫をするようになる
  2. 「底上げ効果」で全体の賃金の率が高くなる。
  3. 最低賃金をもらう層の消費が、もっとも経済へ影響するため、消費への影響が大きい
  4. 今まで働いていない層も就職するため、雇用を増やすことも可能
  5. 労働組合の弱体化
  6. 生産性向上を「強制」できる

 ⇒最低賃金を引き上げるメリット

  1. 最低賃金の底上げで企業規模が拡大する
  2. 労働者の賃金を企業が搾取できなくなり価格競争がとまるため、デフレに歯止めがかかる
  3. 最低賃金で働く多くは女性のため、女性活躍が期待できる
  4. 低所得者の賃金が上がることで、格差が是正される
  5. 最低賃金を全国一律で設定することにより、地域格差が是正される
  6. 社会への波及効果で「少子化対策」にもなる

 

人材育成トレーニングを「強制」せよ

 最低賃金の引き上げだけでは、政策として不十分。新しい技術で従来の仕事のやり方を刷新していく必要があり、そのためにはデンマークのように人材の育成が不可欠。ただし人材育成トレーニングを「任意」にすると、人材育成に資本を投入する企業が損をする。結果価格競争も激化してしまい、格差が広がってしまう。

経営者や特に高年齢者層が、従来のやり方に固執しないようにするためにも、経営者を含め、全年齢のすべての労働者が「強制的に」トレーニングを受けるべき。

 

総評

「文化を守れ」と言うだけでは、結果何も守れない

概要ではほとんど省いたが、本書には旧態依然にこだわる日本人固有の特性が、生産性拡大の足枷になっているということが、繰り返し述べられている。たとえば「日本文化を守るべき」などという論調は、国の発展の妨げ以外に何ももたらさないだろう。

 少子高齢化によるデフレの加速、経済発展の鈍化を食い止めるのに必要なのは、本書で述べられているように、まず現状を把握、認識すること、そして現状が行き詰っている原因を分析し、具体的に必要な対策を講じていくこと以外に道はない。

文化を守る、古いやり方に固執するというのは、まったくその逆で、悲惨な現状から目を背け、現実逃避し、日増しに悪くなる現状とともに事態が悪化していくのを、手をこまねいて眺めていろと言っているようなものである。「文化を守る」とかいうのは、現状から目をそらし、事態をうやむやにするのに、都合のいい言い訳だとしか思えない。結局その先に待っているのは、衰退、そして破滅であり、結果的に何も守ることができなくなってしまう。そんなの皮肉以外のなにものでもない。

 

人・商品のブランディングで価値を高めよ

本書で述べられている、日本の労働者の質の高さと、それに反比例するかのような低い賃金しか支払われないという現状には、強い憤りを感じた。このことだけに限らず、自分のことを謙遜し、自分の価値を低く見積もってしまうというのは、良くも悪くも日本人の特徴である。非常にもったいない話だし、皆このことにもっと憤りを感じるべきだと思う。

 イタリアで働いている弟も同じことを言っていて、日本人はブランディングが下手で、よいものをわざわざ低い値段で売ってしまい、損をしているとのこと。イタリアでは、よいもの(そうでないものも)に対し、それに見合った(それ以上の)価値を付ける(ブランディング)がうまいそうである。日本人労働者の質、日本の製品の質は、イタリアのそれ以上であると思う。もし日本人が質に見合った価値をみずからに見出し、個人の価値を高めることができたら、それこそ最強だと思う。

 

褒めることで労働者の意欲を高めよ

また本書では触れられていないが、海外の会社では、上司がもっと部下を褒めるそうである。日本で働いていると、いくら良い仕事をしていても、あまり褒められることはない。良い結果がだせるのは当たり前だと見なされ、成果を出せないときだけ、叱咤激励されてしまう。

これも労働者の意欲を減退させ、生産性が上がらない要因の一つではないだろうか?日本人の労働者の質は、世界第4位とのことなので、もっと皆がお互いに褒められたり、褒めあったりするべきだと思う。

 

Written by ユカ@コーヒー